お湯が沸くまでに出来ること

スーパーで買い物をしている時に、彼女がある商品を手に取って言いました。

「これでいつでもココア飲めるね。」

パンに塗るチューブタイプのチョコ味やらメロンパン味やらのクリームのようなパッケージの商品でした。“割るだけココア”だったか、そんな感じの売り文句が書かれていたと思います。よく見てみると、牛乳で割るだけでいいんだそう。

要するに、割るだけと書かれていますから、手軽さを売りにしている商品です。面倒くさがりな僕でも、これならココアを作って飲めるだろうということでの彼女の一言でした。

確かにココアの粉の袋よりも、あのチューブの方が簡単そうな印象を受けます。同じチューブタイプのほかの商品も手軽さを売りにしているので、パッケージ自体にそのイメージが染み付いているのかもしれません。

ただし、粉タイプのココアだってお湯で割るだけじゃないか、とも思ってしまいました。割るだけココア(仮名)が本当にお手軽なのか、という話はいかにもくだらないので、ここでは割愛させていただきます。

それにしても、こういった利便性特化の商品というものは多いです。

分かりやすい例で言えば、調理器具。切る専門の包丁という道具が用意されているにもかかわらず、それを無下にするがごとく、食材ごとに切断を目的とした器具が販売されています。いちいち包丁でトントンするよりも、こちらの商品でシャカシャカするだけ。あっという間に微塵切り。そんな宣伝を耳にしたら、あの冷たい包丁ですら涙を堪え得ないでしょう。

そんな商品が、特に百均や雑貨店を中心に広く見られるはずです。

便利な世の中といったら、デジタル化関連が真っ先に思い浮かぶでしょうが、アナログの中にも便利にしようという執念が積み込まれています。僕たちは目に入るもの全てに手軽さを要求していくのです。

便利にすることこそが、人類の目的と言えます。

そうであるならば、お湯を沸かす時間や労力は他に充てることができるようになります。それが、人類がいつまで経っても求めてやまない利便性の報酬なわけです。どうしたって縛られ続ける時間とエネルギーの制約から逃れ、何をしましょうか。

キッチンに立っている必要もないですから、ソファでくつろいでアニメでも見るとしましょう。わざわざDVDを借りに行く必要もありません。今となっては借りることすら難しいでしょうが。では、レンタルショップへ行く手間も省けましたので、それを何に充てましょう。アニメの続きでも見ることにしましょう。スマホを手に、契約して早三年のNetflixを開きます。

いや、これはとても時代遅れな趣味の話でした。失礼しました。

古き良きアニメーションを当時の物理的な視覚情報で味わいたいというニッチなオタクの方々を否定するわけではありませんが、やはり古風と言わざるを得ませんね。

そういう手間は僕には必要ありませんから、手軽にアニメチップを仮想脳内にダウンロードして視聴を体験することにします。

所要時間はおよそ30秒。『ジョジョの奇妙な冒険』の1部から3部までを見終わりました。オインゴボインゴブラザーズのテーマソングが頭から離れません。広告が挟まってしまったので、今日はここまでにします。

という感じで、僕の優雅な休日は一分に収まってしまいました。

最近は便利な世の中になりまして、わざわざやらなくてはいけないことなんて、もうほとんどありません。逆に、やりたいことですら数分あればやれてしまいます。満足感が損なわれているわけでもありません。本当に、体験を凝縮しているのです。

それでも、一日は相変わらず24時間です。何かをしたいと思うにも疲れて、ダラダラと過ごすことにすら疲れて。ああ、ココアをお湯で割っていた頃が懐かしいな、なんて思ったりもするのです。

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