人間と鯖と豚と犬

人間は特別な生き物です。
生き物と呼ぶのも迷うくらいに、他の種とは別の次元を生きているのです。次元という言葉を使いましたが、分けるならこういう感じになるでしょう。

本能<神経<脳<感情<倫理

高次元にいくほど、持ち物が増えていきます。そして、地球上のどこへ行っても共有できるほど浸透した倫理を持つ人間は、特別な生き物なのです。

こんなことを考えたのには理由があります。
魚が捌かれたり、大型の哺乳類が屠殺されたりしている動画を見ていました。ドキュメンタリーの体ではありましたが、もちろんどんな制作物にも意図はあります。それは感傷を手渡ししてくるような、嫌な演出でした。

ただ、感傷的になってしまうのも事実でした。

人もその他も同じ命が宿っているのに、と思いました。それから命は命でも、種類は違うな、とも思いました。鯖や豚を殺すのと、人を殺すのが同じ感覚だとはとても考えられません。
なんだか僕は、命の測り方がとても気になってきてしまったのです。

人間は他の生物の命の重さまで測ろうとして、優しすぎると思います。それが人間にとって利己的な策謀だったとしても。
他種生物だけではなく、むしろ、人間同士ではもっと優しいです。無条件に、殺すことをよくないこととしています。

歴史を掘り返せば、争いの絶えない生き物だったと思うのですが。村や国や宗教、群れと群れ同士の争いを重ねてきたはずです。
これを思えば、やっぱり好きに生きるために人を殺しても良かったんじゃないか、と現代社会を疑ってしまいそうです。

しかし、そうやって争っているうちに人間は力を付け過ぎてしまったのです。犬同士の喧嘩なら、犬が一匹、もしくは二匹死ぬだけです。それが人間の場合、人間という種自体を脅かすほどのところまで来てしまいました。こうなるともう対岸の火事ではありません。世界中に繁殖した人間全員が問題の当事者になります。
それだから、みんなで仲良く世界平和を目指し出したのでしょう。

こんな種が他にありますか。
倫理という制限装置を持たなければ自分たちは愚か、地球丸ごと潰しかねないほどに膨れ上がった種が。

それほど特別なのだから、他種の命を弄んでしまうのも仕方がないか、と諦めることだってできるのです。
それでいて安い演出にまた命を測り直すのだから、やはり人間は特別でしょう。

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