あとがきや、風止場の変化、運営についてを記録しています。
2026.09.05〜2026.09.23
あとがき:大人の景色
数少ない僕の幼少期の記憶のうちの一つです。
情報として幼少期の記憶はもう少しあるのですが、実体験として想起できるものはほとんどありません。大体は遺伝子情報のように、獲得している事実だけを持ち合わせているだけなのです。
僕がいまだに思い出として保管しているものは、外の世界へのショックが大半を占めています。この記事も、そんなショックをなるべく当時の温度感で言葉にしてみました。
2026.09.05
noteのダッシュボード仕様が変わったよ
noteのビューがインプとPVに二分されました。やっとですね。
それに伴って、これまでのデータインポート方法がちょっとダメになっちゃいまして。新しくデータを吸い上げる方法に変更しました。ブックマークのURL欄にJavaを入れる感じのやり方です。
これで従来通りに、もしくはそれより楽ちんに、データをchat GPTに提出することができるようになりました。一件落着。
2026.09.09
あとがき:白い岩の感触
額縁に続いて、二作目の小説記事です。四万字くらいで、結構長い読み物への挑戦でした。
長編小説とまではいきませんが、これくらいの文量が書けるのかという試作です。
そもそも文章はなるべく短くあるべきだと思っているのですが、それでも膨大な文字の集積が世の中には溢れていて、そこに足を踏み込んだらどうなるのだろうという考えがありました。
結果として、長く書くという試み自体は成功しました。そこに意味を持たせることもできたと思います。一番の功績として、時間を体験として付与できたかなと。うだうだと読ませること自体に代替し難い効果が生まれて、そこはなるほどと感じつつ、実装できたのではないかと思います。
ただし、うだうだと読み続けてくれる人がいるのか、という問いも残ります。今作の質の良し悪しは論ずるのも野暮なので控えますが、この作品の親として、育てた責任をしっかり引き受けなければならないことを自覚しました。
そりゃそうだったのですが、試作として発表まで至ったことに関しては大きな進展と言えます。
僕は活字が苦手だったのですが、唯一カフカだけは読み漁っていたので、その乏しい読書経験が露見してしまったかなと自省しています。
次はもう少し娯楽のある作品を作ってみたいですね。
2026.09.15
あとがき:虫は架空の生き物なのかもしれない
最近、うちではコバエとカナブンがちょっとした悩みの種になっています。本当に虫というのは煩わしい。
人間が区画した家という敷地には何人たりとも承認なしには侵入を許されません。そういう強い心意気と約束を持って、僕たちはゆったりと安心して過ごせるわけですが。
虫だけはどうしてもいる。
そういえば、『弱い虫』でも虫を題材に書いていたなと思い出しました。多分、虫を軽蔑していると同時に、裏返してみれば恐怖しているのだなと感じます。
2026.09.18
風止場に体験の機能を。
かれこれ四ヶ月弱、誰の目に届くとも予期されないサイトを育ててきました。まあ、長い目で見るつもりではありましたが、相変わらずという感じは少し退屈なのです。
ここで風止場という空間の再検討をしてみたところ、来訪者へ何か提供できているのかなんてことを思ってしまいました。考えてみると、起きっぱなしで相手任せな作りではあります。良くも、悪くも。
実装は来月あたりを考えていますが、「書く」機能を追加検討しています。noteだけではなく、風止場へ訪れる理由の一つになればと思っています。
2026.09.23
風を残す