あなたは、何になりたいと願いますか。
僕は中学生くらいの頃、バンドという文化にハマっていきました。
とてもかっこよかったのです。何がかっこよかったのかはよく分かっていなかったのですが、周りにこんなことをする人はいなかったし、その奇抜さが輝いて見えたのです。
言ってしまえば、恥ずかしいことをしている人たちに見えました。
あんなに大きな声で、思ったことをありのままに歌うだなんて。全身をくねらせながら、音に乗って演奏する姿は、とても真似できるものではないと思いました。しかし、彼らはそれを大胆にやってみせたのです。だからこそ僕は、バンドマンを特別な存在だと思い、憧れるようになりました。
そして僕はあれを、精神の異常がもたらす輝きなのだと理解していました。
つまり、僕が何者になりたかったのかというと、精神疾患を抱えながら、歓声を一身に受ける存在になりたかったのです。
当時の僕には、奇抜さと精神疾患の区別がまるでついていませんでした。
さらに昔まで遡ると、テレビでプロ野球の試合を観た僕は、「野球がしたい」と親に話しました。極端に内向的な僕がそう言ったのですから、親は喜んで手筈を整えました。
地元の野球チームに参加することになりました。僕はこれから、あのすらりとしたユニフォーム姿で、人工芝の上を颯爽と駆け抜けていくのだと思っていたのです。
当然ですが、向かった先はいつも通う小学校のグラウンドで、集まったのは僕と同じような背丈の少年たちです。野球というものをやってみると、ボールはグラブに収まらず、バットは空を切り、何もかもがテレビの映像とは違っていました。
こういう具合に、画面の向こうの輝きを僕も同じように手に入れられるという、短絡的な企みを抱いていたのです。
そして、バンドマンに憧れた僕は、人々の視線を集めるような特別さを手に入れるには、精神疾患が必要なのだと考えるに至ったわけです。
周囲と異なる人間にならなければ、と焦った僕ですが、それまでは学生らしく周りに馴染むことに勤しんでいました。
集団で是とされるものを好んで取り入れていたのです。そうして、なるべくその場の空気に溶け込むことで、楽しかったり面白かったりする感覚を共有していればいいと思っていたのです。
ところが、バンドの影響で突然、人と違っていたいと思うようになりました。
何かをしてみたということではなく、まずは自分の中に特別さを探すところから始まりました。そして、最も分かりやすい特別さとして、精神疾患と呼べる何かが自分にもないかと探してみました。
自分はいろいろと不出来な人間ではありましたが、検討してみて初めて、疾患という言葉の重さに気づきました。自分をそう判断するには至らず、ただの未完成な人間なのだと分かったのです。
それを持ち合わせていないことを知ってから、今度は人と何が違っているのかを気にするようになりました。
人と違っていればいるほど、それは奇抜な存在に近づいている証拠だからです。
それまでは、周囲と自分が重なっている部分を確認しては、それを自己と認識していました。ところが今度は、重ならない部分を探すようになり、それこそが自分の本質であると捉えるようになっていったのです。
これは逆転したようでいて、実はあまり変わりのないことでした。結局のところ、他者との比較でしか、自分の輪郭を確かめる術を知らなかったのです。
この逸脱探しは大学生の頃まで続きましたが、思い描いていた特別さには、まるで手が届きませんでした。
ファッションや振る舞い、音楽の趣味など。自分らしさを突き詰めても、僕は満足できずにいました。
そんな中で、ようやくバンド活動を本格的に開始することになりました。ここが、僕の大きな転換期となったのです。
0から何かを生み出すという体験。
もちろん、本当に無から生み出されたものなど、滅多にないのでしょうが、故人たちが残したものを取り入れながらも、自分の言葉として吐けるのなら、既存の有形物や無形物がごった返すこの世界に、僕も一人の参加者として加わったと言えるはずです。
ただ、誰かの意図を買って着飾るだけではありません。僕自身の意図を、楽曲という形にして世界へ発信することができたわけです。
さらに、僕の創造物を受け取り、肯定する人も現れました。僕のありのままを形にしたものが、誰かの心に届いたわけです。
このとき、僕は気づくのです。
何をしなくても、特別だったのだと。
その証拠に、世界のあれこれも、それぞれが特別な色や形を持っています。同じように、僕もまた特別だったのだと知ったのです。
特別な何かを探す必要は、最初からなかったのです。ただ、僕の中に潜むものを外側へさらけ出していくことで、僕にも、誰かにも、その特別さが分かるようになったのです。
ついに僕は、ひたすら憧れた特別な存在へとこぎつけたのです。もう誰の視線も必要なく、僕がそう自覚するだけで十分なはずでした。
しかし、これもまた早計だったのです。
たしかに、自分が特別であることは自覚できました。そこに疑いの余地があるわけではありません。また、ありのままを表現することで誰かに認めてもらい、その確証を得ようとしているわけでもありません。
しかし、昔の僕が抱いたあの憧れには、特別になるということ以上の何かが含まれていたのです。そこが満たされていないからこそ、僕はいまだにこうして、文章を書くわけなのです。
それはきっと、自分が特別だということを誰かに認めてもらう、ということなのです。
繰り返しますが、これは自分の特別さを確認するためではありません。自分が特別であるという認識と、それを誰かに認めてもらうというやり取りには、それぞれ別の意義があるのです。
つまり、僕は誰かに認められることを求めているのですが、認め方にも種類があるのです。
僕を特別であると認めた上で、その特別さを肯定する人もいれば、否定する人も出てくるでしょう。
後者ばかりでは、駄目なのです。
否定ばかりでは、自分に固有の違いを、特別さとしてではなく、矯正すべき間違いだと捉えるようになりかねません。
誰かの否定が、その認識を後押しするのです。
僕が本当になりたかったのは、単に特別な人間ではありませんでした。
自分の特別さを外へ向けて表現でき、それが肯定的に認められるような人間になりたかったのです。
誰か一人にでも届けば、この欲望は満たされます。やりがいが生じ、人生の意味さえ見えてくるようです。
しかし、やはりこれは欲求なのです。
満たせば、また求めます。果てしなく、繰り返すのです。
たった一人でも満たされるという事実を知っていながら、さらに多くの人へと関心が向いていくことを否定できません。
だとすると、僕は憧れた像に近づいているとも、そこから遠ざかっているとも言えそうです。
僕はもう、異常性を求めたりはしません。
もともと、それは僕の中にないものだったからです。
そして、誰もが特別だと知った今も、その中でなお、自分の可能性を捨てきれず、ありのままの痕跡を残しているのです。
漂流ノート#4収録予定
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