andymoriというバンドをご存知でしょうか。
いわゆる邦ロックとは少し違っていて荒々しく、ときには寂しく、普通の人生に紛れた確かな異常を歌っていました。
ときおり彼らは“光”を見つけ、それを歌として残していきました。一般的にそれは、希望を象徴するのでしょう。しかし、私がひたすらに感じていた彼らの”光”は、それとは少し違っていました。
それでは、andymoriにとっての“光”とは、何を意味するものだったのでしょうか。
まず代表曲のうちのひとつに、『1984』という曲があります。
最も印象的なフレーズとして、「ファンファーレと熱狂 赤い太陽 5時のサイレン 6時の一番星」というサビが、何度か繰り返されます。
ファンファーレとは、何か儀式的なイメージであり、闘いを控えているような印象を与えます。時間は夕暮れで、防災用の定時チャイムが鳴り、一番星が光り始める頃合い。つまり、明るい世界が幕を閉じて、その後に訪れる暗闇に対して備えよという警告、または挑んでいくための鼓舞を感じとれます。
曲全体を通して歌われていることは、変わりゆく状態でまだ成長過程の自分を俯瞰しながら、周りとの同調についても認識している、ということです。
人の波に飲まれそうになりながらも、一番星の”光”を見つけたという、ここにandymoriと光の出会いがあるのではないでしょうか。
今回のテーマがタイトルとなっている『光』では、もっと具体的に”光”についての言及があります。
1番のAメロでは、「もうだめだと弱音を吐いた君が少しだけ微笑んだとき、君が君でいてくれたその瞬間」に”光”が生まれています。何かにぶつかり、諦めかけたその時でさえ、自分を失わない様子に心を照らす”光”が生まれるのです。
2番のAメロでは、「僕」の心にも光が生まれてきます。「何も言わずにくれたプレゼント、握りしめた小さな指」はありのままの「僕」を肯定します。そして、「僕が僕のままでいられたその瞬間」、心に光が宿るのです。その”光”が他の誰かの”光”と出会うとき、輝き出すのです。
反対に、暗闇とは自分の”光”を見つけられていない、または、それを受け入れられないという孤独や疎外感を表すのではないでしょうか。
『ネオンライト』では冒頭、朝陽に照らされる出発の風景から始まります。
暗闇を乗り越え、また夕焼け空を迎えて思い出すのは、『1984』のような風景なのでしょう。
終始、周りに惑わされる様子が窺えて、そんな自分たちを「ちっぽけなもんさ」と歌います。人工的な光であるネオンライトにかすんでしまいそうなほど、小さな”光”なのです。そこに紛れることもできます。しかし、andymoriが選ぶのはそれでも星を探し続けることでした。
星を追い求めて、『誰にも見つけられない星になれたら』という願いを歌います。
「僕」は、他の誰からも理解を得られなさそうな偏屈な「君」が好きでした。そして題にもあるように、そうなりたいと願っていました。いや、歌詞から引用するに、そうなりたいと「気取って」いたのです。
そうしているうちに二人は暗闇に取り残されていき、「君」は燦々と輝く彗星に連れて行かれてしまうのです。
それでも、後に『君はダイヤモンドの輝き』だと振り返ることができています。気取ることなく、「ごめんね」と「ありがとう」を素直に伝えられることから、自分の光を見つけて成長できたのではないかと思います。
こうした成長を経て、大人になった状態で『クラブナイト』に入ります。
ここではひたすらに君をクラブナイトへおいでよ、と誘います。「大人になって大人の顔をしている君のありのままの笑顔を見せてよ」、「輝いた時代のアルバムをめくる手を止めてクラブナイトへおいでよ」と、今度はこちらが君を肯定する側になっており、照らす存在となっています。
「それだけでいい」、成長と共に変わってしまっても、ありのままの自分でいられればそれだけで楽しめる場所。それが『クラブナイト』なのではないでしょうか。
そんな理想郷を想い描く、彼らにとって人生とはパーティーなのです。厳密に言えば、パーティーであるべきなのです。『Life is party』では、その想いが歌われています。
「10年経ったらおもちゃも漫画も捨ててしまうよ」と、変化を憂うようでありながら、「気にしないでいいから」と歌います。10年前の自分が果たして今の自分と重なるのかというと、そうではありません。変わりゆく心の”光”を受け入れるのです。かといって、過去の光もまた本物であって、それを否定するということでもないのです。
さらに、10年先には南の国へ旅に出ようとも言います。『Life is party』を果たすため、ありのままの自分でいられる『クラブナイト』のような、「楽園」を探しにいくのです。それは、今は周りにも分かってもらえず、心にそっと灯るランプのような”光”ですが、それでも続けていくしか道はないのです。
そんな果てしない道を『夢見るバンドワゴン』に乗って、彼らは進んでいくのです。
数々の苦難に見舞われながらも、ひたすら続く明日を繰り返し、その先にあると信じた楽園。心の”光”が指し示したそこは、andymoriにとっての憧れや、夢のような場所なのでした。
辿り着くかもわからないけれど、確かにそこは存在していて、今日も、明日も、”光”に従ってバンドワゴンは進んでいくのです。
andymoriが示した”光”とは、ありのままの自分の心なのでした。その瞬間、本当に価値を見出せるものと出会えたとき、”光”と出会うのです。そして、andymoriが見つけた”光”は、楽園という夢だったのでした。
Voの小山田壮平の個人名義、もしくはALというバンドにて彼らの今の”光”を感じることができます。もし興味が湧きましたら、andymoriと併せてこちらも調べていただけると嬉しいです。
漂流ノート#1収録
息を吹き込む