AIは偽物か

最近、ブログを運営し始めてからAIを活用する機会が急激に増えました。
今までは簡単な調べ物に使うくらいで、インターネットの拡張機能程度にみていました。しかし、今となってはブログ運営関連に留まらず、生活の隅にまで浸透してきていると実感しています。

時折、AIに注文すると明らかに間違っていたり、異質だったりする答えが返ってくることがあります。AIに拙い僕の原因もあるのですが、そういう時に「AIは偽物か」という疑念がちらつくのです。まずは、AIがどんなものを作る存在なのか、から考えてみます。

そもそもAIとは、ネットや本、人間との対話から得た情報をもとに、この世のどこにも存在しないものを作り上げるのです。
分かりやすい例でいうと、画像生成を頼んだ時、出来上がる画像は唯一無二のものでしょう。参考にした写真はあっても、それはこの世界のどこを探しても存在しない瞬間なのです。
発言についてもそうです。
誰かが発した言葉かもしれませんが、それを再構築して、新しい文章として出力するのです。

とてつもなく現実に寄せた、架空の世界を生み出しているようです。
しかし、それを構成する要素を覗いてみると、それらは確かにこの世界に現存するものたちなのです。

架空を作り出す、といったところで『フィクションを描く』という投稿での思考を思い出します。
人間も同じように、現実世界を題材として架空の一瞬を描き上げるのでした。現実を材料として、その人間によって再構成されることで架空の世界が生まれてくるのです。そして、それを絵画という他人にも認識できる現実世界のものとして残すのです。
こうして考えてみると、その行為は架空の世界を現実に固定するような意味合いを持つのかもしれません。人の手によって形を持つことで、現実世界に残すことができる。これが『フィクションを描く』ということなのでしょうか。

そういう意味では、AIがやっていることも同じなのでしょう。
AIもまた、人間と同じように現実世界にあるものを材料として文章や画像を生成します。これは偽物を作り出してるのではなく、架空の世界を経由して、新しい現実を残しているのです。ここで問題になるのは、AIが偽物なのかというよりも、書き手と読み手の問題の方なのではないでしょうか。

人が盗作や剽窃をするように、AIでも悪意を持って何かを生成することはできます。
さらには、それを悪意のままに受け取ってしまうような人たちもいます。
これはAIが登場するよりも随分前から行われてきたことです。ただ、フィールドがネット上へ移動しただけのようです。AIによって世界の見え方がどう変わっていくのか。
分かっていることといえば、それは今までも起こってきたことであるということです。それが今回は、人ではない新しい存在による規模の大きなものだということです。

AIは偽物ではないようです。
僕らが考えるべきは、その架空の現実をどう受け入れていくかなのでしょう。
これは、ネット世界が汚染されていく予兆でしょうか。あるいは、これまでの人類史の過程、その進化の一片に過ぎないのでしょうか。

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