2026年1月15日、解散からちょうど10年という歳月を経て、再結成したバンド。さよなら、また今度ね。
衝撃的なほど自由に純情を届けるような、そんなバンドです。あまりに深く潜っていってしまいそうなので、僕がさよ今と初めて出会った曲、『僕あたしあなた君』に絞って触れてみたいと思います。
まずタイトルについてですが、『僕あたしあなた君』というように4つの代名詞のみです。それぞれの人物が歌詞のどこで登場するのか確認してみます。
”あたし”と”あなた”は、曲冒頭に出てきます。それ以降は、”僕”と”君”が出てくるというように、はっきりと分けられています。
それでは、どのような使い分けをされているのかも考えてみます。
泣いちゃったことをアピールしたい”あたし”は、”あなた”に嫌味を言われてしまいます。しかし、嫌味を言われて涙を撒き散らさなかった結果、周りまわって愛情が生まれていきました。「あたしの涙はそれらの抽出液だった」のです。
”あなた”は嫌なことを言ってくる存在ですが、愛情を生み出す存在でもあるのです。これが本能的な”あたし”と、理性的な”あなた”の関係性です。
一方、”僕”は”君”を振り向かせたいのです。
本能のままに「ルール違反なことをする」のは、「自分に対しての愛情」であって、”君”には全く届きません。むしろ、「もっと恥ずかしいこと」ができたとき、「本物の愛情」が”君”へと届くのです。恥ずかしいと感じながらも、それを抑えるということ。それはまるで”あたし”と”あなた”の関係のようです。
つまりこの曲は、“僕”から“君”へ本物の愛情を伝えたのだ!には止まらず、その途中にある“あたし”と“あなた”のやり取りを歌っているのです。
ここでもう一度、タイトルを見てみましょう。
受け取り方ひとつで、涙や恥がどこかの誰かへの愛情となる。そのためには「僕の中の僕たちが前ならえ」をする必要があります。『僕→→君』へと流れていくのです。
さらに踏み込んで言えば、この愛情の伝達を繰り返していくと、ぐるっと世界をまわって自分のもとに戻ってくるのです。自転によって夜がやってきて朝が訪れるように、自分を見失ってしまったときでも、必ずまた、いつかの愛情が“僕”を照らすのです。
財布を失くしたとしても、世界は相変わらず素晴らしいままなのです。
息を吹き込む