水をやめた日

大学生の頃だったか、ハーブを育てていたことがあります。

タイムと、あと2種類。
小ぶりな横長の白い鉢を買って、窓際に置いていました。

その頃は、酒やタバコを覚えて、楽しいことも色々と見つけました。

それでも、心は乾いていました。

家族とは疎遠ではありませんでしたが、余計に会話しないような空気で、落ち着ける場所といえば布団の中くらいでした。

何が契機だったのかは分かりません。
僕の中に密かに芽生えていた「何かを愛でたい」という、他者を求めるような感情が後押しして、ハーブを育てることを決めました。

なぜハーブだったのか。
理由は簡単で、人よりも、ペットよりも、花よりも気が重くならなさそうだったからです。
それでいて成長を感じられるものが欲しくて、ハーブを育てることにしたのです。

窓際に置いておくだけで、あとはたまにタバコのついでに水をやれば、順当に成長していきました。この成長は誰にも秘密にしておこうと思いました。

蔓のような、か細い茎はうねうねと伸び続けて、ついに鉢いっぱいに生い茂るように成長しました。

この世話は、僕にとっては思ったよりも味気ないものでした。
高揚感や緊張感もなくて、ただ水をやっては伸びているのを確認するだけでしたから。

そして、永遠に伸び続けてしまいそうな、何の危機もない彼らの世話を、僕は突然やめてしまいました。ある日、きっぱりと。

僕が水をやる限り、ただひたすら成長し続けてしまうのではないか、と思えたのです。
これは恐怖ではなく、寂しさでした。

世話をしなくなると、緩やかに、確実に元気をなくしていきました。

育て始めて半年ほど、僕の心の隙間を埋めるためにそこにいて、つい先週まではそこで成長していたのですが、今はただ、見るからに元気のない色をしています。

しかし、僕はそれを望んでいました。
もう枯らしてしまおうと思って、平然と終わりを作ることにしたのです。

今でも、あの頃の僕の冷静で衝動的な行動は理解に苦しみます。

どういった道を経て、寂しさに辿り着いたのか。
景色や頭の中は覚えているのに、色だけを失っているようなのです。

次にハーブを育てるとしたら、僕はまた枯らしてしまうのでしょうか。

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